【橋寺】

真言律宗の放生院(ほうじょういん)。橋寺(はしでら)とも呼ばれます。

宇治橋を守るために造られました。宇治橋断碑は日本三古碑の一つです。
橋寺放生院
宇治橋の守り寺と呼ばれている橋寺は、推古12年(604)に聖徳太子の発願により秦河勝が建立したと伝えられています。宇治橋はしばしば流出し、弘安9年(1286)には西大寺の僧興正菩薩叡尊によって再興されますが、叡尊は宇治川の中州に十三重石塔を建立するとともに、当寺で大放生会を営んだことから、橋寺は放生院とも呼ばれるようになりました。本尊として鎌倉中期の地蔵菩薩が安置されています。また、当寺には宇治橋がはじめて架けられたことを記念した石碑がありますが、上の三分の一ほどがわが国の碑文の中でも最も古いもので、宇治橋断碑といわれています。
宇治橋の守り寺と呼ばれている橋寺は、推古12年(604)に聖徳太子の発願により秦河勝が建立したと伝えられています。宇治橋はしばしば流出し、弘安9年(1286)には西大寺の僧興正菩薩叡尊によって再興されますが、叡尊は宇治川の中州に十三重石塔を建立するとともに、当寺で大放生会を営んだことから、橋寺は放生院とも呼ばれるようになりました。本尊として鎌倉中期の地蔵菩薩が安置されています。また、当寺には宇治橋がはじめて架けられたことを記念した石碑がありますが、上の三分の一ほどがわが国の碑文の中でも最も古いもので、宇治橋断碑といわれています。
【地図・アクセス】
宇治市宇治東内
【ホームページ】